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  • 2014/10/30(木)
津久井 恒仁より

あなたへ。

いつもammoflightを応援してくれて、どうもありがとう。

突然のニュースで、びっくりさせてしまって、本当にごめんなさい。

少し細かく話すね。

僕はammoflightというバンド名になる前の前身のバンドから、リーダーとしてこのバンドを引っ張ってきました。

それこそ始めのうちは作詞作曲、アレンジをやりつつも全員の予定を管理して、スタジオを予約したり、フライヤーを作ったり、リリースプランを考えたり戦略を考えたり。
僕がバンドをやりたいと言う一心でメンバーについてきてもらったので、自分にやれるであろうと思うことは全て自分でやっていました。

そこからメンバーが現在の4人に確定して、初めて東京でライブをした日、とても大切な人と出会いました。
『俺を5人目のメンバーだと思って手伝わせて欲しい。』今でもその一言は忘れられません。
その人はライブ制作やリリースプランからライブのダメだし、苦手だったバンド関連の友達作りまで、色々な場面で面倒を見てくれました。
本当に感謝してもしきれない人です。
事務所やレーベルと僕らの間も、とりもってもらいました。
とにかくそこから、僕らの音楽人生はさらにめまぐるしく動いて行きました。

インディーズでは2枚のミニアルバムをリリースし、それにともなってツアーもまわり、数年の期間を経て、2012年3月7日にメジャーデビューをしました。
そこから3枚のシングルをリリース。
全ての曲を制作している間も、個人的にもバンド的にも数えきれないほどの葛藤がありました。
しかしながらその全ては本当に実のあるもので、辛さも苦しさも全部、自分の為になっている、バンドの為になっていると心から思えるものでした。

『FLASH4』というアルバムをリリースしてから少しの時間が経った頃、僕はバンドメンバーにひとつの言葉を投げかけました。

『バンドがどうとかではなく、自分の人生についてもう一度考えてみて欲しい。』
今思えば、人生をかけてバンドをやる覚悟をもう一度決めて欲しかったのかもなとも思います。

でも、みんな一緒の答えではありませんでした。
予想出来ていたような、そうじゃないような、淋しいような、ひとつの答えが出てすっきりしたような、変な気分でした。

あなたには申し訳ない事かも知れないけれど、僕はメンバーみんなに『どうしても続けて欲しい』とは説得しませんでした。

本当は何度もあったバンドの危機を、今までは必死につなぎ止めていました。

でも今回はそうはしなかった。

タイミングが来たんだ、と心の奥の方で感じました。

メンバーは、僕の夢を担いでくれたとても大切な人達で。

自分自身の思うように、自分が思う一番幸せな人生を送って欲しいって、はっきりとそう思いました。

そして僕らは4人で話し合い、無期限の活動休止、という答えに行き着きました。

正直、実質的な解散状態ではあります。

でもあえてそういう言い方をしなかったのは、また『やりたくなったらやればいい』そう思うからです。

もしかしたら中途半端に感じる人も、少なからずいるかもしれません。

でもね、バンドって、音楽ってあくまでも自然に生まれるもので、それでいてとても自由なものだと思っています。

人生をかけるような、音楽との向き合い方をもうammoflightではする事はないです。

でも、今のメンバーで音を出す楽しさを、僕は誰よりもわかっているし、誰よりもその時間が好きです。

沢山の人が関わってくれたのだけど、始まりは僕と庸友君、トリとシゲの4人の話なんです。

だからまた、どれだけ先になるかはわからないけれど、次は自分たちが楽しむ為だけにやりたいなと思います。

かなり長くなってしまいましたが、これが僕の気持ちです。

最後に、ammoflightに関わってくれた全国のライブハウス関係者の皆様、スタッフの皆様、ラジオやテレビ、雑誌関係者の皆様、チームammoflightの皆様。

そして出会ってくれたあなたへ。

丁寧に書いたつもりだけれど、気持ちの全てを伝える事は出来ないかもしれません。

だからこそいくつも言葉を重ねずに伝えたい。

『どうもありがとう。』


P.S
僕は音楽をやめる事はありませんのであしからず。

ammoflight
Vo.Gt 津久井恒仁

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